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自伝その2

数年後、高卒ながらも一応社会人スタート、そしてついに初体験(おい)。

ある年の大晦日、ついにチャンス到来?!

どうにかこうにか地元の高校へと進み、その3年後、大学進学を目指して一発勝負で臨んだ共通一次(当時)は、ごく当たり前のように木っ端微塵。まあオレの脳みそではこの程度だろ、ドンマイ。

いろいろ事情があって、滑り止め受験や予備校浪人ができなかったオレは、高校卒業とともに今の会社に就職。現在の建設関係現場作業員として、社会人生活が始まったわけ。

そして、何年か経過したある年の瀬のこと。

このころは、まだ普通に洋服を着ていたんだけど、当時ツルんでいた連中で、大晦日に集まって近所の神社へ初詣に行こう!という話が持ち上がった。別にこれといったビッグイベントではないんだけど、ここ数年、大人数で初詣に行ったことはなかったよなあ……と過去を振り返ったとき、いつのまにか忘れ去られようとしていた「あの」思いが甦ってきた。

「もう……和服を着てもいい年齢だよな?大丈夫だよな?」

それを思い出したオレは、きっと四暗刻単騎を3巡目でテンパったものの、「おまえ、テンパってるだろ?」と一発で見破られるぐらいニヤニヤしていたはず。家に飛んで帰ると、ウチの親父に思い切って聞いてみたわけ。

「あのさあ、今度みんなで初詣行くから着物貸してくんない?ダメ?」

はあ?と目を丸くした親父だったけど、おまえももうそんな歳かあ、とつぶやいて、

「ああ、それなら出しておいてやるよ」

と、あっさりOKのサインをくれた!キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!大げさだけど、こうしてオレの和服デビューの日取りは決まったんだよ。

初詣へぶっ込んでくんでよろしく!

大晦日の夜、ついに出陣の時。じゃあ行ってくるよ、と、着物に着替えた(正確には親父が着させてくれた)オレは、原付にまたがり集合場所を目指した。

そのときの組み合わせはというと、紺の単衣ウールアンサンブル、単衣のモスリン長襦袢、兵児帯、黒足袋に下駄……今考えると、まさに冬空の下のキ○ガイだな。原付に乗っているので、胸元や袂(たもと)からは容赦なく師走のクソ冷たい風が侵入し、冗談抜きに肌で風を感じる It's cool ……というか、完全に so cold ! だったなあ。

おまけに今思うに、オレの親父とは背格好が似てるとはいえ、やはりオレの方が少し背が高かったし、いらない肉も余裕であったはず。ということは、ほぼ寸足らずだったわけで……若いっていいよなあオイ。

そんなこんなで集合場所へと到着し、○○さん、ブッチギリで目立ってますよ!などと言われながらウダウダやっていると年も明け、いざみんなで初詣へGO!

友達連中の前では気分的にまだ辛抱できたんだけど、ついに初詣客の人ゴミへ突入、うわー、周りから見られている気がするなあ、恥ずかしいなあ……と思ったのは10分ほどで、落ち着いて周囲を観察してみると、誰もオレのことなど見ていない。あれ、あれれ??

そう、初詣という年に1回しかない行事?だし、和服を着ている人がいてもおかしくない状況なので、周りの人は誰も「着物を着たオレ」には関心がないことに気がついたんだよ。その瞬間、変に気構えていた自分がすごく間抜けに思えて、心の中でゲラゲラと笑ってしまった。

今になって考えると、和服のことに詳しい人や興味のある人は、友達連中を含めてそうそう周囲にはいないわけで、もしいるのであれば、もっと和服を着ている人がいるはずだろうよ。

年末年始は着物、普段は作務衣

これ以降の数年、年末年始だけではあるけど、親父のこの着物を借りて着るようになり、初詣だけではなく、主に飲み屋さんを中心として出歩くようになったわけ。

また、勢いに乗って通販で安い作務衣を購入し、普段出かける時を中心に、少しずつ着るようにもなった。作務衣の時にはまだ足袋を履いておらず、カラーの先割れ靴下を使っていたなあ(今でも先割れ靴下は使っている)。

こうして、まだ作務衣がメインではあったけど、洋服100%の生活の中で、和服が少しずつ比率を伸ばしていくことになった。無事和服デビューを果たし、少しずつでも着られればいいな、と、のんきに構えていたんだけど、この後、「今のオレ」を決定づけたともいうべき、一大転機が訪れるのであった……。

Last 2010/11/18. Copyright (C) since 2007 バカガエル.