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和服に「着られた」ままではダメ

すごく当たり前のことだが、和服は着るモノだ。しかし、何事においても和服に合わせた発想や行動ばかりする人は、「キモノに着られている」可能性が高いので、そういった状況は、なるべく早く卒業するように。

最初は「着られて」も仕方ない。

今まで洋服メインで着ていた人が和服を着始めるには、なにがしかの動機があると思う。一言で言えば「あこがれ」のようなものだろうか。

そのころはホント、家にいても和服のことばかり考えてみたり、機会さえあれば和服を着てどこへでも行きたくなるもの。それこそ、欲しかったニンテンドーDSを買ってもらった子供が、家に帰ってきたらすぐDS、どこへ行くにもDS必須、といった感じだ。

これが、和服に「着られている」状態で、「キモノに振り回されている」とも言える。あらゆる状況において、キモノ中心で物事を判断したりするわけで、力関係で言えば、キモノのほうが自分より強く、主導権を握ってる状態だ。

珍しく一張羅を着ていたりすると、「おまえ、その服に着られているよ」などと言うのを聞いたことがあるだろう?本来なら服は「着る」ので主導権は自分のはずなのに、服のほうが立派だから主導権は服で「着られている」ということだ。

しかし、別にそれは悪いことでもなんでもなく、最初は誰しもそんな状態になると思う。なにせ「特別製の衣装(←重要)」を手にしたのだから、普通の人は、「着られている」状態が和服を着るスタート地点ということだ。オレだって昔はそうだったからな(解説)

「着られている」から「着ている」へ

やがて、ある程度着ることに慣れてくると、自分とキモノの力関係は少しずつ逆転する方向へ向かい、キモノありきの行動や発想が減ってくる。

着始めの頃は「本当は焼き鳥を食いたいけれど、和服を着ているから(和服の似合う)京風料理の店に行こう」といった発想をなぜかしてしまうのだが、ある程度着慣れてくると「焼き鳥を食いたいから焼き鳥の店へ行こう」といった、普通の発想に戻ってくる。

「キモノを着ているから、キモノが似合う場所へ行かなければならない」

一見もっともらしく思えるこの発想が、実は自分の意志よりキモノの意志?を優先させるという、「すごく頭の悪い発想」であることに気がつくわけ。こうして、「着られている」状態から「着ている」状態へと変化していくのだ。

そして最後に、「キモノは衣服であり、単なる着るモノ」の意味を理解してしまえば完璧。頭であれこれ考えることなく、普通に「服」として着ることができるようになる。

ただ、これを理解するチャンスは、私がそうだったが、おそらく一瞬のひらめきで、キモノを着ながらも「キモノとは一体何なのか?」といった疑問を抱いている人にのみ訪れる。「あっ!」と思ったときには全ての点が繋がって一本の線になるというか、錬成陣なしで錬成できるようになる感じ。いや、人体錬成はしなくていいけどさ(笑)

私はそれを理解しているからこのサイトをやっていけるわけで、素っ裸がイヤだから(和)服をきているだけなんだよ(解説)

「着られている」度チェック

では、少し具体的に「着られている」人に多い行動パターンや発想をいくつか書いておこう。着始めたばかりの人は仕方ないが、もう何年何十年も着てます!だったら重症なので、もし自分がこれに当てはまると思うなら、なるべく早く脱却するようにしてほしい。

和服を着ていると……行動編

和服の話になると……会話編

こりゃ完璧にイッちゃってるだろ編

いよいよもって死ぬがよい(by怒首領蜂大復活)

ではとどめの一言を。「着られている」状態から「着ている」状態になることを、別の言葉で表せば何だと思う?

キモノに自分を合わせるのではなく、自分にキモノを合わせられるようになる……それが和服を「着こなせるようになること(解説)」でもあるのだ。

Last 2010/12/22. Copyright (C) since 2007 バカガエル.